「楽しみに待つ」が難しい環境
どうも、ベタオシです。
「楽しみに待つ」ことができるでしょうか?
僕は上手く出来なくて、小さい頃はとても苦しかった思い出があります。行きたくなったら我慢できない。欲しくなったら我慢できない。食べたくなったら我慢できないといった感じです。
うちの息子も僕に似てしまったのか、楽しい予定があると毎日毎日それを口に出しています。「早く来ないかな」と。
これだけ聞くと、子どもって可愛いな、で終わる話なんですが、周りの環境が待つことを遠ざけているんじゃないかと感じました。
代表的なものに動画配信サービスがあります。過去のテレビアニメシリーズを一気に見ることが出来てしまうので、テレビ番組のように来週まで楽しみに待つ必要がありません。
この環境に慣れてしまった結果、「楽しみに待つ」ことが苦しく感じるようになったのかもしれません。僕としては、当日を楽しみにしつつ、あれこれと考えを巡らせて欲しいなと考えていますが…
この環境をどのようにコントロールするのか?まだ自分なりの答えを出しきれていませんが、全体や最後まで見渡せる状況からいち早く抜け出すことがよさそうに感じています。
動画配信サービスで考えると、続きが存在することを知らなければ、次を見たいという気持ちは起こりません。分からないものに対して「早くXXXしたい」と考えることは難しいですから。
「楽しみに待つ」ということについて考えてみました。当日を楽しみにして、色々と想像できるチカラを息子に持って欲しいなと感じています。
それではまた、ベタオシでした。

C/C++で組み込み系ソフトウェア開発の仕事を10年以上やっています。怪しげなデジタルガジェットが大好きです。